【小説】向こう側の彼女/恋愛部長

恋愛
ハウコレ
2019/08/29 22:15
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【小説】向こう側の彼女/恋愛部長

「別れたら?」夏花は、その日、2回目のセリフを祐二に告げた。こういうのは、ためらってはダメだし、弱気になってもダメ。夏花はにっこり微笑む。祐二は、吸い込まれるように、夏花の笑顔に見入る。「そ、そうだな……」この男にしては珍しくもごもごした口調で、こう続けた。「もしも、夏花ちゃんが、俺と付き合ってくれるなら……」夏花は、そんなずるい言い方をする男に、心の中でため息を漏らす。

■彼女持ちの男

往生際が悪い。エリートコースを歩いて来た男って、大体そう。自分のことを守る場所にいて、そこから投げ矢でも打つように、好意を投げてよこす。何が何でも、傷つきたくないのだ。自分が振られるなんて考えたくない。だから、安全な場所でばかり、恋をしようとする。でも、夏花は、そういう男には慣れっこだ。だいたい、今までの男も、付き合っている彼女がいなかった試しがない。いい歳したスペックの高い男は、つねに売り手市場なものだ。だからこんな風に、自分の立場を守ったまま、安全な恋愛しようとする。万が一にもプライドが傷つかないように。私のこと、好きなくせに……。夏花は、祐二の唇に、そっと指先をあてる。「ふふ……どうかな〜。まずは、別れてきてからだよ。彼女とホントに別れたら、考える」彼女がいる男を落とすのは、案外簡単。彼女のタイプを聞き出して、その彼女にはない魅力的な部分を見せつければいい。がっつかず、押し過ぎず。その彼女より高値の女に見せること。夏花は、去っていく祐二に手をヒラヒラ振りながら、特上の笑顔を送った。あまりに、彼女持ちの男ばかりを相手にしているせいで、いつからか、彼女持ち以外には心が動かなくなってしまった気がする。何人彼女がいるかわからないような、フラフラしている遊び人はそもそも論外。本命の彼女がちゃんといてもなお、よその女にも目配せを忘れないような、野心的な男たち(大抵は、スペックが高くて自信もある)がターゲットだ。彼らの向こう側にいる“彼女たち”に、申し訳ないと思ったことはない。せっかく捕まえた男をしっかりつなぎとめておけなかった女にも責任がある、と思うだけだ。出会う順番がたまたまこっちのほうが遅かっただけ。私が目をつけたのが、後だっただけ。夏花は、ショーウィンドウに写った自分の容姿を満足げに眺めた。若くて美しくて、自信に満ち溢れている女が、嫣然とこちらに向かってほほ笑んだ。

■向こう側の彼女

元カノ祐二が、4年ほど付き合っていた2歳年上の彼女と別れたと聞いたのは、それから3週間後のことだった。「意外とあっさりしてて助かったよ」仕立てのいいスーツに身を包み、よく手入れされた爽やかな笑顔で、祐二は晴れ晴れと言った。「泣いたりされなかったの? もう倦怠期だったのかな?」意外だった。こういう時は大概、向こう側では修羅場になっていることが多い。相手の彼女が大泣きしたり、「死ぬ」と言って脅したり……。でも、修羅場になってくれた方が、本当は好都合だったりする。新しい女に目が移っている時の男は、追いかけ回すと余計逃げるものだから。半狂乱になって、「別れない!」と女が泣くほどに、男の心は冷めていく。新しい女の勝ち目は実はそこにあるのだ。じわじわと、男の心を虜にして、彼女の焦りを掻き立てて、自爆させる。そのほうが、狙う獲物は確実に手に入る……。「泣いたりしなかったなー。もともと、おとなしい子なんだ。夏花ちゃんとは全然違って。でも、もっとショック受けるかと思ったけど……」祐二は、ちょっと苦笑した。彼女が別れをすんなり受け入れたのが、よほど肩透かしだったのだろう。残念そうに言っているのが、ほんの少しだけおもしろくない。「でさ、最後にひとつだけって言って、お願いされたんだけど。」「何?」「1か月にいっぺんでいいから、会ってくれって。」「えーっ、何それ?」夏花は、キレイな眉を寄せて思わず呆れた声を出した。「いや、別に、向こうの気が済むまででいいからって言うんだよ。会ったからって、よりを戻そうとかも言わないしって。友達として会ってお茶するだけでいいからって」祐二は夏花の機嫌を取るように言う。夏花は、なんだかモヤモヤとしたものを感じた。今まで思いもはせたことのない、“向こう側の彼女”だったが、初めて姿を持って見えて来そうな気がして、必死で頭から振り払う。祐二は、夏花の手を握って、甘えるように言った。「大丈夫だよ。俺の気持ちは、もう彼女にはないよ。わかってるだろ? 約束通り、別れてきたんだから、ね。俺と付き合ってくれるよね?」それを聞いて、夏花は、ふっと笑顔を浮かべた。そうだ。この男は、自分のもの。過去の女が、どんなに未練がましいことをしようが、彼の心は動くわけがないのだ。夏花は、指をからめながら、少しじらすように言う。「え……、約束なんてしたっけ?」そして、男の顔が一瞬こわばる前に、すかさずにっこり微笑んだ。「な〜んてね。……うれしい」祐二は、目を潤ませて、夏花のことを見つめた。ぐっと腰を抱き寄せられ、軽くキスされた。「夏花ちゃん、好きだよ」「私も」ぎゅっと祐二の背中を抱いて熱くささやきながら、夏花は、心の中に浮かんだ影に向かって、そっと嘲笑を送った。(彼女じゃなくなってもいいから会いたい、なんて。未練がましくてみっともない女!)

■3か月目の憂鬱

ハイヒールを履いた女性付き合うまでが、一番燃える。つまり、気に入った男に近づき、誘惑し、落とすまで。ドキドキするし、好きな気持ちも最高潮に盛り上がる。でも、付き合ってしまえば、なんてことはない。どんな男も同じようなもので、最初の1か月を過ぎたころには、もう退屈が襲ってくる。大体、夏花が相手にする男は、仕事が忙しいエリート男性ばかりだから、恋愛にそれほど時間を割けるわけでもなく。たまにしかないデートでは、いつも金がかかっていて趣向も凝らされているけれど、デート自体が頻繁にあるわけではない。だから、気がつくと心が離れ気味になってしまう。それが、夏花の恋愛のパターンだ。さびしい、というのとはちょっと違う。恋人の心が離れたとも思わないし、相手が浮気しているとも思わない。なぜなら、自分が浮気されるなんてありえないのだから。今まで、付き合った男と別れる時は、いつも自分から切り出していた。振られたことは一度もない。それは、男と付き合い始めた中学時代からこの歳までずっと、だ。「夏花って、ホント、男心つかむのうまいよね〜」いい男との出会いを求めるパーティーなんかに参加する女友達にもよく言われる。自分でもそう思う。小さい時から、わかっているのだ。男が女に何を求めているのか。「カラダ」、なんて無粋な答えではもちろんない。男だって、自分の傍に置く女は使い分けてる。遊び感覚で、カラダだけの関係を持ちたい女がいる一方で、本命として大事にしたい女もいるのだ。夏花は、自分の価値をよく知っている。それを一番高値で見せる術も。だから、ハイスペックの男性がどんどん寄ってくるのだ。若くてキレイで、適度に頭がよく、しかも男を適度に振り回す。ちょっと金がかかりそうな“いい女”。そういう女に、男はハラハラさせられたい。金と時間を費やしたい。そして、自分のものだと、周りに自慢したいのだ。祐二と付き合い始めてから、3か月が経っていた。そろそろ恋の初めの新鮮な時期も過ぎ、やや会う頻度も落ちてくる頃だ。これが仕事で忙しい男だと、恋愛に関しては一息入れて、多忙な日常に戻って行くのがつねだ。事実、祐二とのデートの約束も、ここ2週間何もなかった。それはいつもと同じこと。想定内だ。ただ、少しだけ気になっていることがある。先週何気なく、土曜夜に何をしているのか聞こうとしたら、はぐらかされたのだ。そして、次に会った時、明らかに祐二の様子がおかしかった。変だな、と思い、あれこれ聞いたら、初めはごまかそうとしていたが、最後に、元カノと会っていたことを白状した。「彼女と、1か月前から約束してたんだ。それで、ちょっと食事したんだよ。別に何もないよ。仕事の話して、お茶飲んで別れただけ」祐二は、しどろもどろになりながら言い訳した。行った場所を問い詰めると、2人が付き合っている時によく行っていた、近所の洋食屋だという。スマホで調べると、出てきたのは本当にしょぼくれた街の洋食屋で、口コミもついていないような店だった。とてもデートで行くような店ではない。夏花は、なんだか彼女が哀れに思えて、ふっと鼻で笑ってしまった。「彼女、元気だった? まだ会いたいって?」夏花がそう尋ねると、祐二は、あわてて、「だから、そういうんじゃないって。もうただの友達として会ってるだけだよ。別に、大した話はしていないんだ」そう言うと、ぎゅうっと夏花を抱きしめた。「もう、俺には、夏花だけなんだから。信じてよ」夏花は、祐二を抱きしめ返した。この男は、もう私のもの。誰にも渡さない。いつになく、執着心が涌くのを感じる。そう、向こう側の彼女の影が、うっすらと見えるからだ。でもそれを認めたくなくて、夏花は目を閉じた。

■彼女の影

彼女の影「ねえ、またなの? おかしくない?」夏花は、イライラとした気持ちを隠せずに、思わず声を荒げた。祐二は、嫌そうに、目を伏せる。このやりとりが、ここ数回会うたびに続いている。いつの間にか、余裕がなくなっている。夏花はそれが一番腹立たしい。別に、祐二がそれほど魅力的で、惚れ込んでいるからでは断じてない。そうではないのに、イライラが止まらないのだ。「夏花、そんなに怒るなよ。彼女との約束だって、言ったじゃないか」祐二がそんな風に、めんどくさそうに言うのも、癇に障る。夏花は、手に持っていた小さなクッションを祐二に投げつける。前は、こんな風に夏花が怒ったら、祐二はやさしく抱きしめてくれた。ポカポカ胸を叩いて怒る夏花を、「かわいい」と言いながら、笑ってなだめてくれた。だけど、最近は、夏花が怒ると、心の扉をぱたんと閉じるように、目を伏せてしまう。コミュニケーションを絶たれると、余計夏花の怒りは行き場を失って燃え上がってしまう。悪循環だ。自分でもどうしていいかわからない。こんなふうに、誰かに乱されるのは初めてだから。「だって、おかしいよ。もう半年以上だよ。最初だけって言ってたよね? なんで別れた男にそんなに会いに来るの? 私がいるってわかってるくせに、彼女面して、なんなの? 図々しくない?」夏花は、見たこともない元カノの姿を思い浮かべ悪態をつく。それを聞いて祐二も、やや苦笑気味になる。たしかに、自分で言っていても、めちゃくちゃな理屈だ。そもそも、彼と出会った時に、彼の正式な恋人は、彼女のほうだったのだから。祐二も、そんなことを思っているのだろうか、何も言わずため息をつく。ここ最近は、誰と会ったという報告がなくなった。そうなると、余計気になるから、夏花は執拗に彼の予定を追った。わざわざ例の洋食屋に行って、彼らが定期的にいっしょに来ていることを突き止めては、彼をなじった。自分でも常軌を逸しているというのはわかっていた。でも、どうにもならない。彼は、彼女が彼に「会いたい」と言ってくる、と言う。でも、そんなことってあるだろうか? もう半年以上も前に別れた男に。ただ何も要求しないで会い続けるなんて、おかしいだろう。もしかしたら、彼のほうが彼女に会いたいんじゃないか。彼から彼女に連絡してるんじゃないのか。そう思うと、黒い疑念がむくむくと湧いてくる。昔のように、祐二が夏花に「会いたい」と言ってこなくなったのも、すべて元カノのせいなんじゃないかと思えてくる。祐二は、会えないのは仕事のせいだと言う。以前の夏花なら、その言葉を信じて、悠々と構えていたはずだ。でも今は、その心の余裕がない。「週末会えない」、と言われるとカッとなるし、「元カノと会う時間はあるくせに!」と毒づいてしまう。夏花は、頭をかきむしった。「ねえ、祐二、別れたいならそう言いなよ」言ってはいけない、そうわかっていても、切り札をチラつかせてしまう。「別れ」の2文字は、禁断の蜜だ。この言葉で、大概男は取り乱す。祐二は、少しだけめんどくさそうに、夏花のそばにやってきた。そして、頭をポンポンと叩く。「そんなこと言ってないだろ。夏花と別れたいなんて言ってないよ」「じゃあ、約束して」夏花は、キッとして手を振り払う。「もう彼女とは会わないって」「それは……」祐二は言いよどんだ。「今度、話してみるよ……」「ダメだよ、もう会わないで! メールして。それから彼女の連絡先を消して。私の目の前で!」夏花は、わめきたてた。祐二は、自分のスマホを握りしめ、ちょっと考えていた。「夏花、……俺のこと、信じられないの?」祐二は、少し情けなさそうな声を出した。「信じてほしいなら、まずは彼女を切ってからにして」夏花は冷徹に言い放った。祐二は、信じられない、という目で夏花を見た。「……彼女は、…何1つ文句言わずに別れてくれた。彼女のせいじゃないのに。そのあとも、俺のことを気遣ってくれて、会っても何ひとつ要求しなかった。会うだけでいいって……。そんな彼女を、これ以上傷つけろって言うのか……?」苦しげに、祐二が、うめいた。いま、祐二が、目の前の自分のことではなく、ここにはいない彼女のことを心配していることが耐えられなかった。「私が好きなら、できるでしょ。私と別れるか、彼女を切るか、どっちか選んで」夏花は、言い放った。そうよ、女は、スッパリ強いほうが勝つの。未練なんかでズルズル男を甘やかしたって、都合のいい女にしかならないのよ。恋に勝つのは、いつだって、私なの。夏花は強い目で祐二をにらみつけた。その向こう側の彼女の影をにらみつけるように。

■敗北の味

夏の終わり蒸し暑い夏が過ぎ、ようやく涼しい風が季節の移り変わりを告げるようになった。夏花は、その日、知人の自宅屋上で催されたBBQパーティーを早々に抜け出し、近くの住宅地を駅に向かってブラブラ歩いていた。今日は、マスコミ関係の業界人が来ると言うから期待して出かけたけれど、いい男は既婚者か、すでに若い女が黄色い声を上げて群がっていて、つまらないから黙って出てきた。たぶん、今頃は、夏花と入れ替わりに現れた学生モデルの女子に、男たちは色めき立って自己アピールをしているところだろう。くだらない。くだらないけど、そんな場所でも呼ばれればありがたく顔を出しに行ってしまう自分が悲しい。ほんの少しだけ入った酒で頬が火照っていて、夕暮れの風が心地よい。もう少し歩いていたい気持ちになって、フラフラと住宅地の奥へ迷い込む。ふと、目をやると、どこかで見たことのある看板が目に入った。「ここ……なんだっけ?」少し立ち止まって眺めていたら、記憶の淵から不意に嫌な思い出があふれ出した。そこは、祐二が、元カノと会っていた、例の洋食屋だった。店の中のカウンターに2人で腰かけている男女の姿が見えた気がして、あわてて夏花は身をひるがえす。駅まで早足で歩きながら、悔しさが新たに湧き出て来るのを感じた。あの日、祐二が選んだのは、“彼女”だった。祐二に、彼女と別れるように迫ったら、何も言わずに彼は出て行った。メールで、たった一言、「もう2度と会わない」と送りつけられたのは、自分のほうだった。そのあと、何度も連絡したが、着信拒否されていて叶わなかった。会社まで行ったが、受付で断られた。彼からスッパリ切られたのは、自分のほうだと悟った。人生で初めての屈辱だった。悔しくて、悔しくて、涙も出なかった。あんな男、最初から好きじゃなかったんだ、と自分に言い聞かせることで、なんとか精神を保とうとしてみた。でも、傷ついた心は、そう簡単には癒えなかった。何度も何度も、彼を思い返し、自分の言葉を反芻し、頭をかきむしった。そして、消せない過ちに歯ぎしりした。この自分の、完全な敗北に。そうだ、これは彼女の作戦。巧妙な復讐だったのだ。そう気づいたのは、しばらく苦しみ抜いた後のことだった。ふっと天から降ってくるように、彼女の意図が見えたような気がした。あれ以来、彼女がいる男を好きになるのは、控えている。別に、自信がないからではない。ただ、わかったのだ。彼女がいる男を好きになるのは、向こう側に彼女がいるから。その女と競って勝ち取るのが楽しいから。でも、向こう側の女にしてやられることもある。自分は、男を挟んで、向こう側の女と恋愛ゲームをしているだけだったのだと。祐二のこともそう。祐二がそこまで好きだったわけではない。なのに、いまでも胸が痛むほど執着してしまうのは、たぶん、向こう側の彼女に完敗したから。その悔しさのためなのだ。夏花は、自分のことを追いかけるように、スマホに入って来たパーティー出席者の男のメッセージを見て、苦笑した。また、彼女持ち。彼女持ちのほうが、案外簡単に引っかかる。いつだって、比べる対象の彼女がいるから。相手をスイッチするのは、いちから恋を始めるのより気軽なのだろう。夏花は、返事もせずに鞄にスマホを放り込んだ。次こそは、本当の恋をしたい。彼女のいない男。一見モテない男でいい。自分だけが見つけた男。自分だけを見つめてくれる男と。二度と、向こう側の彼女と戦うことに夢中になったりしないように。夏花は、勇ましくヒールの音を響かせて、駅の階段を駆け上った。(恋愛部長/ライター)(ハウコレ編集部)

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