昨年を振り返って思うこと

皆さんこんばんは☆



いつもたくさんの足あと、いいね、コメントをありがとうございます。





年末に寝込みながら、昨年を振り返っておりました。私なりにとても頑張った年だったなと思っています。今更ですが、記録も兼ねて、書き留めておきたいと思います。





3月に子供達が小学校、中学校にダブルで卒業、入学だったのですが、同時期に派遣会社から仕事の話をいただき、ムリじゃないかと悩みながらも思いきって仕事を始めて、皆さんにたくさんの励ましの言葉をいただき、応援していただきました。




でも今落ち着いて考えてみると、無謀な挑戦だったんだろうなと思います。大きな会社の事務なんて、14年ぶり?仕事内容も人間関係もハードでした。派遣でフルではないとはいえ、週5日。毎日必死。ひどい首肩背中のバキバキ、頭痛に悩まされ、3ヶ月たって辞める頃には、毎日のように鎮痛剤を飲むようになっていました。





仕事って、やってみないとわからない、職場も入ってみないとわからない。メンタルの先生には、仕事をするのは良いことだけれど、短時間で、あまり責任の重くないものを選んで、と言われていたので、仕事が決まったと報告したとき、ちょっと難色を示されていました。どうかな〜って。「ムリだと思ったら、誰に気を遣うことなくすぐ辞めること」と釘を刺されていました。





結局3ヶ月で辞めることになるのですが、そこは過酷な職場環境で、私の前に3人、立て続けに半年ほどで辞めていました。「人がいつかない部署」と噂されていた。当然そんなこと知らずに入りました。初日に前の方の判子やネームプレート、私物がそのまま机の中に残されていて、違和感を感じたのを覚えています。





誰かに話せば、早く辞めた方がいいと言われた。良くそんなところで3ヶ月も勤めたとも言われた。私はできることなら続けたかった。人間関係さえ良ければ、頑張りたかった。でもあの時は無我夢中でわからなかったけれど、やっぱり私には無理だったんだと思う。明らかにハードルが高すぎた。あの時の「無理」に加えて、8月に自分を筆頭に家族が次々に病気したことも重なり、9月に鬱悪化、心身の疲弊から入院となり、今に至る、ということなのかなと、自分で分析したところです。





ちなみにどんだけの職場だったかと言うと、派遣を取りまとめる20代のスタッフリーダーがいたのですが、とても人柄の良い人で、仕事に対しても真面目で一生懸命。責任感もある。だから面倒なことはみなふられる。社員皆知らぬ顔で自分のことばかりの中、彼女は全て引き受けて、孤軍奮闘していた。でも限界がきていた。






私が辞めた後、自分の状況を全て暴露して打ち明けてくれた。これ以上こなせない、上司に相談しても、「やればできる、気合いだ」などと言われ取り合ってくれない、最近過呼吸になってトイレに閉じこもったり、涙が突然止まらなくなって、会議室に閉じこもったりしている、どうしたらいいかわからない、私も辞めたい・・・学生の頃剣道をずっとやっていて、メンタルは強いはずだけど、もうやっていけないと言っていた。






私はすぐ病院に行くように言った。もう症状が出てる。とりあえず心療内科に行ったら、できれば会社を辞めた方がいいと言われたらしい。すぐにそんなことできないので、長期休暇をもらって様子を見ると言っていた。それが8月。休みのうちに会って話がしたいと言われた。でも私もひどい状況だったので、もう少し落ち着いたらぜひ、と言ったまま私も入院してしまって、その後連絡をとっていない。彼女はどうしているだろう。休みの間も誰も代わりにやってくれる人がいない職場。当然取引先から対応が遅いとクレームがくるが、誰も対応せず、全て休んだ彼女の責任にされる。休む前にできるだけ根回しをしておくけれど、休み明けが怖いと言っていた。そんなク○みたいな会社だった。






私は薄々気づいていた。これじゃ続けられないって。なぜ、必死にしがみついたのか。それは夫に全面的に扶養されている状態から、少しでも抜け出したかったことと、社会的地位や名誉を重んじる父親から、認められたかったからだと思う。エリート街道を進む兄、迷惑かけてばかりの私・・・常に劣等感があり、家に居づらく感じていた。パートであったとしても、名の知れた会社で働いていれば、家に堂々といられる、夫のことも少しは見返すことができる、そんな思いがあった。






私は目標を失い、自信も失い、また真っ暗な鬱の闇のなかに落ちた。精神科に入院して数日、涙が止まらない日々が続いた。認めたくないけれど、本当に残念だけれど、私はもう働くことなんて、できないんじゃないか。このまま鬱に苦しみ、金銭的な面で夫に頭を下げ続け、一生を終えるのか・・・見えたと思った道が全く見えなくなって、希望を失った。





入院中、カウンセリングを受けていた。国籍はイギリスだけれど、黒くてくるくるとパーマがかかったロングヘア、目も黒く、彫りの深い顔立ちの、エキゾチックでモデルさんみたいに綺麗な女性だった。後から聞いた話では、小、中と秋田市に住んでいたそうだ。高校からカナダに移住。お父様と同じ医学の道を志し、学んでいる中で、病気に心の問題が大きく関係しているケースが多いことを知り、心理学を専攻、カウンセラーの道を選んだとのこと。お父様は現在京大の教授をされていてご両親は京都、自分は育った秋田市で働くことを決めたという。






この方とのカウンセリングは、入院中数える程しか受けられなかったけれど、とても良い出逢いだったと思っています。






一番心に残っていて、私のこれからの生き方を指し示してくれたカウンセリングがありました。それは次の記事に書きたいと思います。






ここまで長々とお付き合いくださり、ありがとうございます(^-^)










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