時間を使い、失う時間を失くす

時間は有限。
有限とはいえ、その限界がいつなのか、それは誰にもわからない。

有限という事実だけははっきりとしていて、
具体的な限界はわからないため、常に限界に向かっていることを忘れがちになる。

だが、生まれた時から人間は死に向かい、
生きている。
その方向は、生き物全て、
同じである。

いつ、どこで、どのように限界を迎えるのか。
いや、その限界がいつかは当然わからないのだから考えても仕方ない、とするか、限界自体はあるのだからそのためにどうするか………視点は多種多様。

有限、という対象に対しての様々な考えと行動。
結論は有限、結論までのルートが数多に存在する。

それでは、有限を少し細分化してみよう。

人間は必ず、有限の何かを使わなければ生きていけない。
目の前にあるものなど関わりのある全てが有限である。
そのため、有限なモノを使って生まれる何かもまた有限の何かである。
そのように、有限の限界値を広げていく。

時間、これについても同じことがいえる。
時間は、使うものであり、究極失ってはならない。
使おうが失おうが、1秒1秒同じリズムで、時間は過ぎる。
しかし、使った有限の時間は、新たな有限の時間を生むが、失った有限の時間は新たなそれを生まない。
もちろん、生む生まないにおいて、事実上の時間は、使おうが失おうが返ってこない。
しかし、その人の真実における観点でいえば、
時間は生むことができる。
時間を生むという真実、小難しいがむちゃくちゃ簡単だ。

例えば、赤ちゃんが歩けるようになるために、時間を使って練習するとする。

そして歩けるようになると、
歩くということをするための時間を生むことができる。これが、時間を生むという真実である。

赤ちゃんが歩くためには、当然のことながら絶対的に「歩く時間」が必要だ。
その歩く時間を生むためには、歩く時間を生むための時間、つまり練習時間を使わなければならない。
練習時間を失うというのは、つまり歩く時間を失うことと同じ。


時間を使うとは、新たな時間を生むことに繋がる、投資である。

事実上の時間は減っていく一方だ。
しかし、真実における時間は、使うことで新たな時間を生むことができる。

1秒を使うか、1秒を失うか、
同じ1秒の過ぎ方で時間の生死が変わる。

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